日本マイコトキシン学会 Japanese Society of Mycotoxicology

マイコトキシンとは・・・

マイコトキシン(mycotoxin、カビ毒、真菌毒)とは、「カビが産生する二次代謝産物でヒト、動物に疾病あるいは異常な生理活性を誘発する化学物質群」の総称です。アスペルギルス(Aspergillus)属、フザリウム(Fusarium)属、ペニシリウム(Penicillium)属のカビ(真菌)が主な生産菌です。マイコトキシンには、分子量が1000以下で、加熱に比較的強く、中性から酸性領域で安定な低分子化合物が多く含まれます。

また、マイコトキシンに汚染された食品あるいは飼料の摂取によって引き起こされる疾病はマイコトキシン中毒症(mycotoxicosis、マイコトキシコーシス、カビ毒中毒症)と呼ばれ、健康被害が世界各地で発生しています(図1)。マイコトキシンは様々な生理活性を示しますが、近年では急性毒性よりむしろ発ガン性に代表される慢性毒性による健康への影響が問題となり、食品衛生上重要な課題となっています。


図1:世界各地で発生しているマイコトキシンによる主な健康被害


代表的なマイコトキシン

表1に示すマイコトキシンは、現在、実際に問題となっているものを汚染食品、毒性・症状とともにまとめたものです。アフラトキシンB1は強力な発ガン性物質で穀類、種実類、香辛料などからの汚染報告があります。オクラトキシンAについては世界各地から産生菌が検出され穀類、豆類など多くの食品を汚染し、腎障害などを引き起こしています。植物病原性のあるフザリウム菌によって作られるトリコテセン、フモニシンやゼアラレノンなどは圃場で農作物を汚染することがあります。リンゴの腐敗菌が生産するパツリンはリンゴの貯蔵中に蓄積が進むと考えられます。

表1:代表的なマイコトキシン

マイコトキシン 主な汚染食品 主な毒性・症状
アフラトキシン B1, B2, G1, G2 ナッツ類、トウモロコシ、米、麦、綿実、香辛料 肝ガン、肝障害、免疫毒性
アフラトキシン M1 牛乳、チーズ
オクラトキシンA トウモロコシ、麦、ナッツ類、ワイン、コーヒー豆、レーズン、ビール、豚肉製品 腎障害、腎ガン、免疫毒性、催奇形性
トリコテセン系
 DON, NIV, T-2, HT-2
麦、米、トウモロコシ 消化器系障害、免疫毒性、IgA腎症
フモニシン トウモロコシ ウマ白質脳炎、ブタ肺水腫、肝臓ガン
ゼアラレノン 麦、ハトムギ、トウモロコシ エストロゲン様作用
パツリン リンゴ、リンゴ加工品 消化器出血

このように、圃場、輸送、貯蔵など様々な段階でのカビの侵害により、農作物や食品がマイコトキシンに汚染されます。圃場では天候不順によって汚染の機会が増し、また収穫後の輸送、貯蔵に欠かせない十分な温度、湿度管理には膨大な経費を伴うことから、現状では汚染をゼロにすることは極めて困難です。一方、ごく微量のマイコトキシンで汚染した食糧を全て廃棄し、食糧不足をきたすのも問題です。したがって、汚染状況のモニタリングを常に実施し、その汚染が人の健康に影響しない量であることを確認し、日常的に食品の安全性確保に努めることが重要となります。


研究の成果

マイコトキシン研究は菌学、分析化学、毒性学、植物病理学など多くの学際的な領域におよびます。本学会は、この学際的な領域での調査、研究発展のための交流、協力の場として貢献してきました。年2回行われる学術講演会では、マイコトキシンやその関連分野における最新の学術成果や行政情報を紹介するシンポジウムのほか、一般会員が研究成果を発表する機会として口頭およびポスター発表の場を設けております。学術講演会は学問的背景の異なる会員の交流の場となっており、マイコトキシン産生菌の分類、病原性解析1,2)、マイコトキシン検出・分析法の開発3,4)や汚染実態の調査5,6)、マイコトキシンの毒性とリスク評価7,8)、マイコトキシンの生合成9,10)や産生制御11,12)などの研究発表が盛んに行われています。これらの研究成果の一部は学会誌 JSM Mycotoxins や関連する学術誌から世界へむけて発信されております。

(1)久城真代ら「イネ着生フザリウム属糸状菌のフモニシン産生性の解析」日本マイコトキシン学会第64回学術講演会(Kushiro et al. "Experimental infection of Fusarium proliferatum in Oryza sativa plants; fumonisin B1 production and survival rate in grains". Int J Food Microbiol. 2012, 156, 204-208)
(2)南雲陸ら「日本産Fusarium fujikuroi内に検出された分子系統とフモニシン産生能の関係」日本マイコトキシン学会第68回学術講演会(Suga et al. "A single nucleotide polymorphism in the translation elongation factor 1α gene correlates with the ability to produce fumonisin in Japanese Fusarium fujikuroi". Fungal Biology 2014, 118, 402-412)
(3)松尾洋輔ら「高分解能 LC-MS によるフザリウムトキシン由来新規配糖体の検出」 日本マイコトキシン学会第75回学術講演会(Matsuo et al. "Detection of N-(1-deoxy-D-fructos-1-yl) fumonisins B₂ and B₃ in corn by high-resolution LC-orbitrap MS" Toxins 2015, 7, 3700-3714)
(4)鈴木忠宏ら「プレート培養によるアフラトキシン産生菌の検出効率改善に向けた研究」 日本マイコトキシン学会第77回学術講演会(Suzuki et al. "Addition of carbon to the culture medium improves the detection efficiency of aflatoxin synthetic fungi" Toxins 2016, 8, 338)
(5)吉成知也「日本の市販品におけるデオキシニバレノール、T-2 トキシン、HT-2 トキシン及びゼアラレノンの汚染実態」日本マイコトキシン学会第73回学術講演会(Yoshinari et al."Occurrence of four Fusarium mycotoxins, deoxynivalenol, zearalenone, T-2 toxin, and HT-2 toxin, in wheat, barley, and Japanese retail food" J Food Prot. 2014, 77, 1940-1946)
(6)白鳥望美ら「タイ市場における米のカビおよびカビ毒汚染」日本マイコトキシン学会第78回学術講演会(Shiratori et al. "Occurrence of Penicillium brocae and Penicillium citreonigrum, which produce a mutagenic metabolite and a mycotoxin citreoviridin, respectively, in selected commercially available rice grains in Thailand" Toxins 2017, 9, 194)
(7)Ngamponsaら「T-2 トキシンの心機能作用における自律神経遮断薬の効果」日本マイコトキシン学会第70回学術講演会(Ngamponsa et al. "Toxic effects of T-2 toxin and deoxynivalenol on the mitochondrial electron transport system of cardiomyocytes in rats" J Toxicol Sci. 2013, 38, 495-502)
(8)豊留孝仁ら「デオキシニバレノールが肺胞由来 A549 細胞に与える影響」日本マイコトキシン学会第75回学術講演会(Toyotome et al. "MEIS3 is repressed in A549 lung epithelial cells by deoxynivalenol and the repression contributes to the deleterious effect" J Toxicol Sci. 2016, 41, 25-31)
(9)鎌田賢太郎ら「C-7 位ヒドロキシ化新規 A 型トリコテセンの合成・単離精製と同定」日本マイコトキシン学会第75回学術講演会(Kamata et al. "Exploring an artificial metabolic route in Fusarium sporotrichioides: production and characterization of 7-hydroxy T-2 Toxin" J Nat Prod. 2018, 81, 1041-1044)
(10)前田一行ら「ニバレノール生合成の分子遺伝学−生合成酵素および alternative hydroxylase によるトリコテセン骨格の水酸化」日本マイコトキシン学会第77回学術講演会(Maeda et al. "Hydroxylations of trichothecene rings in the biosynthesis of Fusarium trichothecenes: evolution of alternative pathways in the nivalenol chemotype" Environ Microbiol. 2016, 18, 3798-3811)
(11)露木利枝ら「塩化コバルトによるトリコテセンの生産促進」日本マイコトキシン学会第68回学術講演会(Tsuyuki et al. "Enhancement of trichothecene production in Fusarium graminearum by cobalt chloride" J Agric Food Chem. 2011, 59, 1760-1766)
(12)古川智宏ら「Mn SOD による細胞内スーパーオキシドレベルの調節とトリコテセン生産の関係」日本マイコトキシン学会第80回学術講演会(Furukawa et al. "Intracellular superoxide level controlled by manganese superoxide dismutases affects trichothecene production in Fusarium graminearum" FEMS Microbiol Lett. 2017, 364, fnx213)


行政施策や社会への貢献

食の安全性への国際的な関心の高まりやリスク評価の国際的な基準化(表2)の流れは、わが国においても、2002年に小麦のデオキシニバレノールに暫定的な基準値、2011年に食品における総アフラトキシン、2015年に乳に含まれるアフラトキシンM1の指標が設定されるなど顕著となっています。これらのガイドラインの設定とその公定法の開発にあたっても、本学会における研究成果が活用されています。

表2:コーデックス委員会での基準値

マイコトキシン基準値対象食品
パツリン50 µg/kgリンゴジュース、原料用リンゴ果汁
総アフラトキシン15 µg/kg加工原料用落花生、加工用木の実(アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ)
10 µg/kg直接消費用木の実(アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ)
アフラトキシンM10.5 µg/kg
デオキシニバレノール2 mg/kg
1 mg/kg

0.2 mg/kg
加工向け小麦、大麦、トウモロコシ
小麦、大麦、トウモロコシを原料とするフラワー、ミール、セモリナ、フレーク
乳幼児用穀類加工品

このような新たな基準設定の動きは、さらにつづくものとみられますが、本学会は、正確な情報提供やセミナーの開催など、技術的な問題解決を含めた社会的な要請にも応えています。

近年、近隣のアジア諸国からの食糧資源輸入量が増加し、マイコトキシン汚染の問題も新たな注目を集めています。本学会は、ISMYCO (International Symposium of Mycotoxicology) として既に4回の国際シンポジウムを主催し、アジアにおけるマイコトキシン研究の成果共有やネットワーク形成に力を注いでいます。

Last Update: 2018/9/20
All rights reserved by Japanese Society of Mycotoxicology 不許複製・無断転載を禁ず

賛助会員企業